メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲
ミッシャ・エルマン(Vn)
ウラディミール・ゴルシュマン指揮
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
録音:1965年、ウィーン
Vanguard/US


これはもう、エルマンの「芸」を聞くべき演奏だ。芸術を聞くつもりで
いると、ムチウチ症になること間違いなしだ。出だしからして普通じゃ
ない。リズムの崩し方がすごい。最初に聞いた時は、のっけからのけぞ
ってしまった。まさに大爆笑の大拍手ものだ。これを採譜しようとする
と、無茶苦茶悩むことになるだろう。エルマンは日本でも明治時代から
甘美な演奏家として広く知られていたようだが、その芸の集大成ともい
うべき演奏だろう。大ヴィルティオーソ時代の最後のあだ花かもしれな
い。

たしかにこの演奏は技術的にはかなり危なっかしい部分もある。エルマ
ンの全盛期は1930年代にはもう過ぎていたという人もいる。しかし、そ
れでも、これらの欠点はエルマンの「芸」の凄まじさにはかすんでしま
う。

ゴルシュマンはエルマンの天衣無縫ともいえる演奏にピッタリついて、
好サポートを展開している。オケもエルマンを盛り立てようとしている。

エルマンは1940年代後半から1950年代前半までの約10年間、自分のスタ
イルを変えようとしていたように思える。英 DECCAへの録音による1950
年代前半のモノーラル録音にはエードリアン・ボールトやゲオルグ・シ
ョルティによる指揮でチャイコフスキーやベートーヴェンなどの協奏曲
が録音されているが、第二次世界大戦後に起こった「楽譜に忠実」派の
隆盛によって、エルマンがそういった演奏スタイルに変えようとして喘
いで様が記録されている。それは、1940年代から始まったRCAーVictorの
エルマンへの冷遇(それはハイフェッツの録音量に比例している)によ
ってエルマンを悩ませていたようだ。しかし、1950年代後半、米Vangurd
と契約した頃には「自分は自分でしかない」という結論に達したようだ。
 

とにかく、この演奏はエルマンの奏でる「歌」を聞くためのCDだ。ピ
アニストで言えば、パデレフスキーやパハマンと同じように、楽譜を材
料としてそれを如何に料理するかを楽しむための演奏だ。だから、ベー
トーヴェンやブラームスなどの音楽の根っこにある「観念」を表現しよ
うとする音楽には向かないが、そういう背景があまりない曲では抜群に
面白さを感じさせるものになる。

今日、このような演奏はまず聞かれない。それは、学術的研究の成果な
のかもしれないし、あるいはコンクール全盛期の弊害なのかもしれない。
エルマンのような音楽家は今の音楽界では決して認められないだろう。
しかし、人間が音楽の上位にいた頃、それがエルマンの時代ではなかっ
たのではなかろうか。そう考えると、果たして今のリアルタイムで聞く
ことが出来る音楽が当時よりも優れているかどうか、疑問が残る。 inserted by FC2 system